るり子の日記


おうちがすき

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■2018年11月18日 ヴォークもいいなあ
『かあさん、だいすき』のシャーロット・ヴォークも「躍動感あふれる絵
」(byひこ・田中さん@amazon)でいいなあと眺めていたら、『月なんか
ひとっとび』(パルコ出版)をまた見たくなった。マザーグースつながり
で、ニコラ・ベイリーの絵本(ほるぷ出版)も広げてみると、ぱくきょん
み、ゆらきみよし、寺岡襄(京都書院)、北原白秋、西條八十、水谷まさ
る、谷川俊太郎…の訳読み比べがしたくなり、本を探したり、何冊も広げ
たり、写したり、付箋を張ったり…と、忙しくも楽しい1日を過ごした。
■2018年11月17日 動きのある絵
今目の前にある『おうちとおそと』の窓が、後から保護されたものらしい
とわかると、紙のはかなさを知らされるオリジナルの「なま窓」が欲しく
なって買いたくなって困る。だけどこういった「絵自体が動かない絵」の
本から手放し中なの。もちろん好きだから持っているのだけど、さらに整
理して残すのは、絵そのものが動き出すようなもの。フェリクス・ホフマ
ンとか、ドーレア夫妻とか、マリー・ホール・エッツとか。ファーストブ
ックがバージニア・リー・バートンの『ちいさいおうち』だったからか。
■2018年11月16日 二重窓
『おうちとおそと』は図書館本で、表紙がカバーと一緒に装備されている
のは当然ながら、窓の部分も同じコーティングフィルムで、両側から張り
合わせてある。ちょうどうちの二重窓(あとから足して二重窓を二重にし
ている)と一緒で、断熱よさそうね。もともとこういうつくりと思って見
ていたが、窓のカーブに沿ってカットされていないのと、ヨレがあるのに
気づいて、これも図書館装備なのだろうと思った次第。ちっちゃい子は絶
対お窓に指を入れてぐいぐいやりたくなるから、適切な予防法と思った。
■2018年11月15日 内から見る外、外から見る内
リジー・ボイド『おうちとおそと』(クロニクルブックス・ジャパン)と
いう、字のない絵本を見つけた。ずーっと下までスクロールしないと見え
ないのですが、このブログの副題も「おうちがすきおそともすき」。なの
で、気が合いそうと思って、ゆっくり眺める。見開きがおうち、おそと、
おうち、おそと、と交互になっていて、そこに開いた小さな窓から「ここ
じゃない方」を眺める趣向。季節が移り、坊やの興味もいろいろに移って
いく。天井から吊られたティーピーもいい。私も中で本を読みたくなる。
■2018年11月14日 週刊 DUDIKO 374
ダナ・サスキンド『3000万語の格差』明石書店

 10年ぐらい前から、お店で、電車の中で、道でさえ、親がケータイに夢
中で、子どものことを長時間、意識の外に置き去りにしたままの「うわの
そら育児」が、気になっていた。今はケータイがスマホになって、そのむ
こうにある世界の広がりと面白さは、飛躍的に向上した。
 大人がスマホに夢中の間、子どもが親の方を見て、「うなずいてくれる
だけでいい、目を合わせてくれるだけでもいい、ほんとうは何か言っても
らえたら嬉しいんだけどな…」といった、待ちのサインを一生懸命送って
いるのに、悪気なく、全く気付かない。しびれを切らした子どもが、泣い
たり騒いだりし始めると、やっと気づいて「うるさい」「行儀わるい」と
叱り始める。10秒早く気づいて相手してもらえたら、叱られなくてはいけ
ないようなふるまいをせずにすんだのになあと、フェアじゃないような、
悔しい気持ちが、いつもする。
 確かに公共の場所で子どもがぐずっては、ご迷惑ですわね、というわけ
で、「お子様用スマホ」を持たせて、黙らせる。おかげで自分も邪魔され
ずにスマホができるし、子どもは静かでお行儀よく見えるから、みんなハ
ッピー…ということなのだろうが、「今日の可愛さ」を見逃し続けて、も
ったいなくない? すぐ消えちゃうよ。
 アメリカのコンドミニアムに住んでいた時、ルワンダから来た三人きょ
うだい(乳児〜小5)と仲良くなった、我が家の三きょうだい(幼児〜小3
)とが、共通の緑地でよく遊んだ。籠のように枝を張った、オリーブの低
木に登る。ボール遊びをする。「ダック、ダック、グース」(「かごめか
ごめ」みたいな遊び)をする。すると決まって「うるさい!」と叱りつけ
る、フランス系の老婦人、通称「怖いばば」がいた。
 会話より少し大きな音量のとなえうたで遊んでいるだけで、大音声で騒
いでいるわけではない。うちの子が、白人の子と遊んでいる時は、叱らな
い。どうやら有色人種が嫌いらしかった。それに気づいて、抗議に行った
ことがある。火事場の馬鹿力で、なにやらべらべらしゃべってやった。す
ると「子どもは家で、おとなしくテレビを見てろ」と言われた。それが彼
女にとっての「よい子のあり方」なのだった。根本が食い違いすぎている
と思った。
 しかし気づけば日本の親たちが、ほかならぬ自分の子どもに対して、か
の「怖いばば」と同じふるまいをしているのだった。「子どもは外でも、
おとなしくスマホをやってろ。自分もやるから邪魔するな」と。なんだろ
うこれは。
 小児科医が、子どもの脳の発達のためにテレビをやめてと言っても、ス
マホをやめてと言っても、その警告が必要な人に限って「何を馬鹿なこと
を!」と怒り出して無視する。あるいは「私は孤独だった。子どもをスマ
ホに任せて、自分も好きなスマホをしていたおかげで、虐待せずにすんだ
」と言う。そこまで言われると、みんな怖いから黙る。黙りながら、変な
理屈だなーと思う。
 そうかと思えば、すごく頭のいい、お金持ちの、仕事で成功した人が「
子どもにはAI先生を与えておけばよい。自分でどんどん学習して賢くなる
」と言ったりする。彼より学歴低く、お金なく、仕事のしょぼい者が反論
してもダメそうだ。
 ああ誰か、説得力のある人が、うわのそら育児はやめましょうって言っ
てくれないかな。その流れで新聞広告に見つけたのが、ダナ・サスキンド
『3000万語の格差』(明石書店)だった。1歳の孫といると「歌ってばー
っか(岐阜弁。ばっかりの意)」で「しゃべってばーっか」の自分って、
どうなのよ、もうちょっと黙る?という反省もあって、半分は自分のため
の実用書として読んでみた。
 ノーベル賞を受賞した経済学者、ジェームズ・ヘックマンにも言及され
ている。以前、保育園の園長先生に教えて頂いて、『幼児教育の経済学』
(東洋経済新報社)を読んだ。対費用効果でみれば、幼児期への教育投資
は、大学よりも高い。また、幼児期は読み書きそろばんなどの「認知能力
」よりも、忍耐や意欲といった「非認知能力」を育てることが大切。とい
う内容だった。
 ダナ・サスキンドも、格差社会を広げているのは、3歳までの親の言葉
かけの質と量であるという、経済的な視点を以て論じていることは、タイ
トルにも表れていようか。著者はもともと、子どもに人工内耳を埋め込む
外科医だった。同年齢の子に同じ手術を成功させても、言葉を獲得できる
子とできない子があり、その原因は大人の言葉かけであると気づいて、社
会学者に転じたという。
 3歳の終わりまでに脳の物理的な成長の85%を遂げてしまう子どもに、そ
の時期言葉かけをしなかったら、言葉は育たない。それは大人の我々がイ
スラム国に放り出されたとき、耳が聞こえていても、アラビア語の「自然
な上達」がないのと同じだと。確かにそれは無理な注文だ。
 60年代までの社会通念では、勉強ができるのは頭がいいから、できない
のは頭が悪いからとされていた。しかし今では、子どもが置かれた言語環
境、つまり保護者の話し言葉の力によって決まるとわかってきた。言葉数
だけではなく、質が大いに関係する。命令や禁止の言葉では、子どもは育
たない。ではどんな言葉かけがよいかといえば
・赤ちゃんの世話をするとき、目を見つめて、今からしようとしているこ
とを話しかける。
・子どもに何かをしてやることよりも、子どもがしていることに関心を持
ち、それに対して、大人が実況中継のようにお話をする。
・イエス・ノーで閉じる質問でなく、どうして・どのようにを尋ねて会話
に誘う。
・むやみに話しかけることは控える。子どもの集中を妨げたり、遊びを中
断させたりすることのないように。ときには黙って見守り、想像力の方向
性を限定しない。
・子どもが何かを達成したとき、持って生まれたものを褒めるのでなく、
努力の過程を褒める。
・禁止や命令の言葉は、子どもの脳の発達を阻害する。
・子どもが何かに目を向けたとき、保護者がそこに言葉を添えることで、
子どもは学びを得る。自分が見ているものを他者と共有する三項関係によ
る学習。AIはこの学習方法を取ることができない。
・テレビの言葉を話せても、コミュニケーションのための言葉を使えない
子、音読ができても内容が理解できない子がいる。そうなる前に、子ども
はものごとを体験的に学ぶ必要がある。
・子どもといるときは、テレビ、パソコン、スマホの電源を切りましょう。
 孫といるときの自分の言葉かけを、振り返るきっかけになった。
■2018年11月13日 いいとこを真似するために
映画「マイケル・ムーアの世界侵略のススメ」で見たフランスの公立小学
校の給食に、おなかが空いて困った。陶器のお皿、ガラスのコップ、たっ
ぷりの水。時間は1時間。ホタテのカレー風味生クリーム入りみたいな王
さまメニュー。子どもたちはコーラを飲んだことがなく、シェフはハンバ
ーガーを食べたことがない…等々各国の「いい話」がいっぱい。この人は
娯楽映画を撮っているんだなあ。見ていたら楽しくなるもの。だけど、あ
のお、ここから見えてくるアメリカって、大変なことになってませんか?
■2018年11月12日 無難より大事なこと
あることで大いに迷って友人に相談した。私の意向は半々いや53:47ぐら
いで「迷ったらやめておく。それが大人の無難な態度だろうな」だった。
同意を得られたので、やめておいた。ところが後日「一般的な解が否であ
っても、個別の信頼関係のあるところでは、何ごともよい方に作用する」
とのメールを頂いた。そうだった!「無難」によって自分を守るよりもだ
いじなことがあるはずだ。思い切って実行したところ、「よい方に作用」
して、さらに思いがけず無形の大きな贈りものも頂いてありがたかった。
■2018年11月11日 可愛いのいっぱい作ってもらった
お昼寝から覚めたところかな? 時計の音、バイクの音、風が本をめくる
音、そしてカタカタカタ、カタカタカタ…。この出だしが大好き。いかに
も満たされた感じがするから。リン・シャオペイ『カタカタカタ』ほるぷ
出版。孫のために何でも作ってくれるおばあちゃんのミシンが、大事な製
作の途中で壊れて、孫ちゃん泣く。安心して泣けるところも好きよ。手縫
いの夜なべで間に合わせてもらえたし、足踏みミシンの台はおとうさんが
生まれ変わらせてくれるし。よかったねえ。母のミシンの音を思い出す。
■2018年11月10日 かの本さえ出すのは大変だった
ローラ・インガルス・ワイルダー『大草原のローラ物語〜パイオニア・ガ
ール』大修館書店が楽しかった。今の形になる前の覚書だが、話が散漫に
ならないように省かれたところに、インガルス一家のすごさがまだまだい
っぱい隠れていた。それ以上に、パメラ・スミス・ヒルによるイントロダ
クション、かの原稿でさえ売れなかった話、そしてお歳を言い訳にしてい
ないところに感銘を受けた。ヘレン・シュウエルの絵を愛するあまり、講
談社文庫版の1,2巻を所有している身には、この本の挿絵が嬉しかった。
■2018年11月09日 マビノギ翻案
エヴァンジェリン・ウォルトンのマビノギオン物語、最終の4巻『強き者
の島』東京創元社読了。いやはや、とんでもない話だわ。そして面白い。
神話ってこれだからなあ。ほんと、ダイナミックだ。たいそう知恵のある
王、マースの魔力は、「策略によってではなく、猛烈な努力と、人格の形
成と浄化を繰り返すことによって培われたもの」という一文が印象に残っ
た。途中から、アラン・ガーナーの『ふくろう模様の皿』(評論社)や、
ロイド・アリグザンダーの『プリディン物語』(評論社)が恋しかった。
■2018年11月08日 するするのウール(やぎだけど)
気がついたら、もこもこしたセーターばかり着ていた。それで赤ちゃんを
抱っこすると呼吸困難にさせそうなので、割烹着を着て抱き取っていた。
おばあちゃんらしくて洗いやすくてよい。親たちは「けば立っていないし、
汚れても洗うのらくだし」と、ユニクロの薄いウールのセーターを買って
抱っこ用に。出向いて孫を預かるようになると、割烹着持参は面倒で、綿
のトレーナーでは寒い。カシミヤのセーターを着てみたら、最初ちょっと
びっくりしたような顔をしてから、頬を寄せてきた。気に入ったみたい。
■2018年11月07日 週刊 DUDIKO 373
スワドリング、ねじわ、おきじわ

 赤ちゃんを自分の体にギュッとくっつける方が、「重心がぐらぐらしな
いから、らく」という、使う側の都合で持ち込んだ、「昭和のおんぶ紐」
の、その後です。
 今のリュック型の紐に比べてやっぱりかっこ悪いけど、楽なのでこちら
ばかり使っている。
 眠くなると目をこすりだし、もっと眠くなると泣けてくるので、なるべ
くつらくなく眠りに入っていけるように考えて、以下のようにやってみた。
「ねむくなったねー、お昼寝しよかねー」と言いながら、お昼寝布団を広
げる。電気を消す。遮光カーテンを閉める。昭和のおんぶ紐で、ぎゅっと
抱っこする。ひとつに決めたいつものうた(阿部ヤヱ『「わらべうた」で
子育て〜入門編』福音館書店収録「子守唄」)を歌いながら、ゆっくり歩
く。びっくりするほどすぐ寝てくれるので、抱っこしたまま紐を外す。う
つぶせに寝かせて、タオルケットをかける。
 数回預かった後、お母さんとお昼寝の時も、いつもの抱っこ紐でなくて、
おばあちゃんのを使えと示し、それで抱っこしてもらうとすぐ寝るように
なったそう。
 それを聞いて思い出したのが、自閉症の動物学者、テンプル・グランデ
ィンである。彼女のことは以前、映画(クレア・デインズ主演)で見て面
白かったので、『動物感覚〜アニマル・マインドを読み解く』(NHK出版)
を読んだ。
 家畜が幸せになるように、気持ちが安定するようにと考案された、木製
の牛の「絞めつけ機」と、古くから人間の赤ちゃんに行われている「スワ
ドリング(おくるみ」)の原理は同じで、両者とも、おなかの中にいたと
きの安定感を、赤ちゃんに再現する。
 新生児をお風呂に入れるときに、おなかと両手にガーゼをかけるのも、
それと一緒だと思う。絵画の聖誕シーンで、イエス様がこけしみたいに布
でぐるぐる巻きにされているのや、大草原のローラのお話で、インディア
ンの赤ちゃんパプーズが、かっちりした木製の背負子(しょいこ)に入れ
られているのも一緒。生後数か月の赤ちゃんは、ぎゅっと抱っこされる感
じを、布でくるみ込むことで再現すると、安心してよく眠る。
 1歳児の手足はもうくるまないが、抱っこ紐で「ぎゅっ」は、どうやら
同じように催眠に効くらしい。
 たいてい70−90分ほど眠る。ある日は私がトイレに入っていたら、とて
とてと足音がした。慌ててトイレの扉を少し開けると、「ば?」と顔を出
した。
 それは、いないないばあの「ば」だよ、とおとん。ばあちゃんの「ば」
だよ、とわし。どっちもいいね。だけどお昼寝から起きて泣かないのが大
助かりと気が付いた。
 私自身は昔、大泣きだったそうだ。物心ついてからも、昼の寝起きはい
つもびゃーびゃー泣いていた記憶がある。昼寝の後は曰く言い難く不快だ
ったのも覚えている。中高生時代は「昼寝の後は血の味がする」と言って、
母をおびえさせていた。私は最近まで、昼寝が大嫌いだった。
 夫の故郷の飛騨地方には「ねじわ」「おきじわ」という言葉がある。眠
くなってぐずるのが「寝じわ」。起きて泣くのが「起きじわ」。どの赤ち
ゃんも、どちらか一方は、必ずあると言われていた。私は完全に「起きじ
わ」。うちの子3人は「寝じわ」で、たいてい泣き寝入りだった。
 どちらかはあって当たり前、という大前提が、どんなにありがたかった
ことか。でないと、「泣かせてしまった」と思って、くよくよしたことだ
ろう。この言葉があって、よかったな。
■2018年11月06日 ウールすごいね
昔、布おむつを使っていた時、おむつカバーはウールだった。分厚いフェ
ルトみたいな感じで、通気性がいいのに防水になる。ゴム引きで防水した
ものも持っていたけれど、肌触りが違い過ぎるので、洗い替えが尽きたと
きだけ使っていた。ウールは過激な洗濯を繰り返すうちに防水も効かなく
なって、贅沢なものだなあと思いながら買い足した。出始めの紙おむつは、
高いくせに周りを汚して全く魅力を感じなかった。その後どんどんよくな
って、長期ブランクを経た今気が付くに、大変結構な進化を遂げている。
■2018年11月05日 昭和のママコート
秋から春にかけては、おんぶ紐の上から毛布みたいにあったかいのを着て、
おこたしょってるみたいでよかったな。母が買ってくれたあれがほしくて
一生懸命思い出す。名前はえーと…ママコートだ! 軽ーいウール100%の
一重で、薄ピンクと淡い灰色のランダムチェックの昼夜柄。裏と表で雰囲
気が違って、楽しかったな。大きめの襟のついた袖なしの半コートと、腕
をすっぽり覆って取り外しできるケープのセットだった。あの軽さと暖か
さからして、メリノウールだった気がする。あー、あれがまた欲しいな。
■2018年11月04日 おんぶと首
子育て現役の頃は、首が痛くて往生していた。今よりずいぶん若かったん
だけどな。決定的に傷めたのは、アメリカで変な布団に寝て、どうも身体
中気持ち悪いと思っていたある日、緩い坂道を降りていてかるーくカクっ
と。その後数か月間文字通り首が回らなかった。整体の先生に告げると「
それはきっかけにすぎません。多分昔傷めていたのが、その時に出たので
しょう」とのこと。いつ出るかといったら運動不足の時だろな。夫と時々
プールに通って1キロずつ泳いでいるおかげか、このところ平気。有難い。
■2018年11月03日 昭和のおんぶ紐
孫を預かるときにかっこいいリュック型の抱っこ紐も借りたのだけど、ど
うも重心が定まらなくて、要らない揺すり上げに余計な神経を使ってなん
だか疲れてしまう。自分の子育てに使い慣れたおんぶ紐が恋しい。探して
買えた! 両手が普通に使えて便利なことこの上ない。難点はおんぶのと
き胸の前で紐が×になってかっこ悪いこと。でもわしもうおばあちゃんだ
からいいの。これだと重心がシャキッと決まって快適。子が寝たときに頭
がぐらぐらしないような支えもついて心強い。問題はこちらの関節や何か。
■2018年11月02日 本への妄想
好きな著者の実用書が、久しぶりに出版されたみたい。キャー嬉しい。類
する新刊群もなかなかだ。3冊のタイトルをメモして、好みに合えば3冊オ
トナ買いのつもりでお財布握りしめて、スキップせんばかりに近所の書店
に行ってみる。あかん。3冊中1冊しか置いてない。そして完全にこっちの
せいなのだけど、ネットで見つけてさわりを覗いて一晩寝る間に、その本
に対する願望と妄想がどんどん、どんどん膨らんで、いざ現物を前にする
と「ちがうー」となってしまう。どれだけゴージャスな妄想だったんだ。
■2018年11月01日 「ノー」もだいじ
人から頼まれると断れない、自分からは頼めないという毎日新聞人生相談
に、タレントの光浦康子さん曰く「いつも周りに合わせていると、どうせ
『イエス』だろうと、あなたの気持ちを推し量らなくなる。意思のない人
間に魅力はないし、敵にもならないし、都合よく扱えばいいとなる」「自
分の意見を言う人は魅力的」。そうか。独り決めした「いい人」をやって
いるうちに「どうでもいい人」にされちゃうんだ。それでは割に合わない
わね。おしとやかすぎる貴女、そうならないように「ノー」を言ってね。
■2018年10月31日 週刊 DUDIKO 372
髪型

 小麦色の肌の、黒髪おかっぱの女の子二人が、色とりどりの落ち葉のな
かで腹ばいになって、頭をくっつけ合ってお膝曲げて、こっちを見て笑っ
ている。デイヴィッド・アレキサンダー・ロバートソン文、ジュリー・フ
レット絵『わたしたちだけのときは』岩波書店の表紙絵が、ものすごくか
わいい。ブラウスとソックスは白。ジャンパースカートと靴は黒。清楚で、
少女たちのかわいらしさを引き出している。
 短大の学生さんたちも、いつだっていきいきとかわいいけれど、就活で
黒いスーツ姿になると、「こんな美人がいたかしら?」と、ハッとさせら
れる。美人度、軽く3割増し。あれとおんなじことかしらねと思いながら、
にこにことページをめくる。
 悲しいお話だった。ほんとうは「にじからつくったみたいにきれいな」
色の服が着たいのに着られないので、せめて秋には落ち葉の彩りを身にま
とって「しあわせなきもち」になるために、表紙絵のような姿をしている
のだった。
 この子たちは、長かった髪を短く刈られ、母語のクリー語を禁じられて
英語やフランス語を強制され、家族から引き離されて寄宿学校に入れられ
た。カナダで実際に行われた、同化政策をもとに作られた絵本である。ヨ
ーロッパから渡ってきた人々が、先住民族の文化を否定し、キリスト教を
強制した。
 寄宿学校には、1874年からのべ15万人が入学させられ、6000人以上の子
どもが、学校にいる間に亡くなったという。自分たちの神様を取り上げら
れ、言葉を取り上げられ、家族を取り上げられて、服や髪型でその状態へ
の従順を示さねばならないとなれば、いくらご飯が足りていても、暖かく
過ごさせてもらっても、子どもは悲しくて寂しくて死んでしまうのだろう。
たとえ生き延びても、悲しい気持ちはそう簡単には消えないと思う。2008
年にカナダ首相が先住民に公式謝罪をしたそうだ。
 おかっぱも、制服も、かわいいよ。だけど、この状態はひどい。当時、
髪の毛を長く伸ばしていると「からだにちからがみなぎるかんじがしたし、
ほこりをもてた」。それを「かりとられた草みたいに」床の上に散らばら
せるのは、在家の平安美女の髪を、勝手に切るぐらいひどいことよねえ。
 私が子どもの頃、公立中学の男の子には、全員に丸刈りが強制されてい
た。大学時代に「それは一時的な去勢と同じこと」と本で読んで、なるほ
どと思った。パーマ禁止、というのもあったなあ。高校では天然パーマの
子が先輩に呼び出されて、トイレの床に顔を擦りつけられるといった私刑
(リンチ)が、まかり通っていた(私の行った中学も高校もそういうこと
はなかったけれど、同時代に同市内で)。後者は今も同じどころか、生ま
れつきの縮れ毛はストレートパーマを、生まれつき色が薄い、あるいはプ
ールの塩素で漂白されてしまった髪は、黒く染めねばならないらしく、し
かもパーマ液や染料にかぶれてもお目こぼしなしとかで、開いた口がふさ
がらない。
 坊が小2でアメリカにいたとき、クラスの男の子が襟足の中心から、大
人の人差し指ぐらいの長さ太さの髪を刈り残していたのを、「ぼくもー」
と真似していた。日本に帰ってからもずっと。ベッカムさまのソフトモヒ
カンがすたれてからもずっと。「なにそれ。変。切ってしまえ」と脅かす
人もいたけれど、夫も私も、切りどきは本人が飽きたときだと思っていた
し、実際、切ったのは飽きたときだった。その後もかなり長く、私が彼の
床屋さんをしていた(結構うまいよ)。理由は、床屋に行くのがめんどく
さいからだったと思う。
 私の友達にその「しっぽ」髪型のフォロアーが結構いて、「まだ続いて
る?」と応援してくれていた。彼は小さい時、動物園に行って「しっぽ欲
しい〜!」と叫んでいたし、かなり大きくなっても時々叫んでいたから、
それと関係あるのかもしれない。そういった気持ちを、こちらから聞いて
やろうと思わないほど大きくなっても、髪切りの時に「しっぽ残すのね」
「うん」だったなあ。確か中3ぐらいまで。
 小さなボリュームの髪の一房にも、この絵本のいうところの「体に力が
みなぎる感じ」と、本人の「誇り」を保つ力とが、詰まっていたのだと思
う。人が好きで選んだ髪型を、あなどってはいけない。
■2018年10月30日 いつ乾いてくれる?
靴磨きをしていたおとんがうぎゃーと叫ぶのでとんでいくと、乳液式靴墨
が玄関マットにこぼれていた。すぐ流水でザアザア洗い流し、オレンジク
リーニングという洗剤液に浸けおきしてから、お風呂場の床に置いてブラ
シでごしごし洗う。脱水機にはかからないわねきっと。お風呂ブーツで踏
んでから、浴槽の縁に掛けて水を切り、玄関脇の自転車部屋に作り付けた
ポールにかけ直す。獣臭い。湿気たウールの匂いは嫌いじゃない。絹が濡
れるとこんな凄い臭いになるのか。外の竿に乾す。なかなか乾かんよー。
おそともすき