るり子の日記


おうちがすき

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■2020年07月11日 ギラギラ隠し
夫の故郷から取り寄せた新酒の空き瓶がきれいな群青色で、しゅっとして
いて捨てがたい。すすきかなにか細長いものを飾るのにどうかな。転倒防
止のため、瓶底に要らないDVDをボンド付けしてもらう。それを見た子ど
もたちが目を背けて無言。やっぱ、捨てんとあかんかね。ヒメガマを飾る。
文句なく素敵で、瓶底周りのギラギラがますます変。床の色に近い毛糸を
探したけれどなかったので、瓶に近い色で、DVDが隠れるぐらいのドーナ
ツ型を編んではめてみる。悪くないと思うんだけど、やっぱりだめかな。
■2020年07月10日 白いアカツメクサ
川沿いの公園に遊びに行った。アカツメクサがたくさん咲いていた。雑草
も揃っているときれいねーと見ていたら、白いアカツメクサがあるではな
いの。初めて見た。昨年都内で白い彼岸花を初めて見て感心したのだけど。
そばにシロツメクサ(クローバー)もあったので、比較にと両方摘む。葉
っぱが丸いかとがっているか以外に、茎の分かれ方も花のつき方も違って
いて面白い。アカツメクサの花色の濃いのから薄いまで集めた。公園を出
る頃にはすっかりしおれていたが、水にさしたらピンシャン。強いね雑草。
■2020年07月09日 阿部結『あいたいな』
「自粛中に心身のバランスを崩した人が多い。特に子どもには、人に会っ
て実体験から学びたいという願いがある。それができなくて体を壊してい
る」と、整体の先生。阿部結『あいたいな』ひだまり舎は、コロナ禍の中
からうまれた絵本とのこと。小さな姪御さんのゆうちゃんがどうしている
かなと、作られた私家版が、今の私たちの気持ちを凝縮したような絵本に
なった。私も会いたい人を思い浮かべる。長い梅雨もじき明ける。会いた
い人に遠慮なく会える日もやがて。その日までお互い元気でいましょうね。
■2020年07月08日 週刊 DUDIKO 452
セント・キルダ、1927年

 ジェラルディン・マコックラン『世界のはての少年』東京創元社を読ん
でいる間ずっと、フラハティ監督のドキュメンタリー映画「アラン」の、
岩に打ちつける過酷な大波を思い返していた。単色で模様を浮き彫りにす
る、アラン模様のセーターの話ではない。アイルランド西の孤島の暮らし
を伝える、1934年の映画である。
 この映画のDVDは、ずいぶん前に本友達から頂いた。その迫力に驚嘆し、
何度か見たあと、山好きの友人に差し上げた。昨年夏に、都内の友人が「
ロバート・フラハティ監督特集」を見にいらしたと聞き、「アラン」がま
た見たくなった。「アラン」と「極北のナヌーク」のDVDを購入して、何
度も見てから、現在つくばの友人に押し貸し回覧中。
 『世界のはての少年』は、スコットランド西の、セント・キルダ諸島を
舞台に、1727年に実際に起こったことがもとになっている。少年9、大人3
の12人が、例年通り離れ岩に船で送り込まれて、キャンプしながら海鳥を
獲る。順調に猟をこなしたが、2−3週間で来るはずの迎えが来ない。船が
来るまでの数か月を、子どもが一人欠けた11人(実際には、大人3、子ど
も8で全員生還)が生き延びる。迎えが来なかった理由も、最後に明かさ
れる(著者と訳者の「あとがき」を途中で読まないことをお薦め。ただ、
両者に挟まれる「セント・キルダの鳥たち」は、読む方が楽しい)。
 予定通りの猟だけでももう、充分に過酷だ。なんでこんな危険な離れ業
をやってのけられるのだろう。前から「アラン」みたいな厳しい暮らしを
していたからだろうなと思っていたら、著者あとがきに「ふだんから極め
て過酷な生活を送っていたために、困難を乗り切る力を備えていたのだろ
う」とあった。やっぱりそうかとうなずきながら、快適さばかりを求めて
暮らしている自分は何様かと恥じ入る。
 その先は著者の想像の産物ではあろうが、引率の大人が3人もいるのだ
から、もっと子どもが守られてもよさそうなのに「そんなんやったら、お
らん方がまし!」と言いたくなることが多かった。ことに、墓堀人の寺男
が、何を勘違いしたか牧師を自称し、子どもたちの信仰心を悪用して、愚
かさと強欲全開で、支配しようとする。その姿勢は、コロナ禍のなか、不
適切言動連発のリーダーたちを見るようで、薄気味悪かった。
 しかし少年たちの中に真のリーダーも生まれ、最後には希望も生まれる。
「これは児童文学なのだから、絶望で終わるわけがない、よ、ね?」と、
この本の属するジャンルを頼みの綱として、ようやく読み進められる過酷
さだった。でも読めてよかった。杉田七恵さんによる訳文も、くせがなく
て好きだった。
 夫と洋画を見た後に時々あそぶ、「邦題つけごっこ」を、やってみる。
原題は ‟WHERE THE WORLD ENDS”ね。よし。えーとね、「セント・キル
ダ、1927年」「九少年孤島野営記(『十五少年漂流記』へのリスペクト)
」「置きざり@鳥の島」「海鳥(うみどり)と少年たち」。アカン。ど
れも決まらん。
■2020年07月07日 お花の「神の手」
佐野洋子『あれも嫌いこれも好き』朝日文庫、『わけがわからん』講談社
の「神の手」に描かれた、花を生けるのが上手なご友人の描写にしびれる。
ある日は倒れたキキョウ、ある日はシャラシャラした実のついた雑草、あ
る日は枝ぶりの悪いハクモクレン、ある日は一束三百円のチューリップ。
花器はそのへんのもの。技法はすっとさす、つっ込む、剱山もなし、無造
作。彼女はお花に関して神の手を持っているって。私もそんな手に憧れな
がら、ヘボい手でもとにかくやってみようと、せっせと雑草を摘み、飾る。
■2020年07月06日 笹の葉の保たせ方
笹岡隆甫『いけばな』に、竹は深水につけておいてもすぐ葉が巻いてしま
うとあり「そう、そう!」と何度もうなずく。毎年笹飾りがすぐ緑のこよ
りの枝に変わってしまうのを「うーん」と見つめるばかりだった。「新鮮
さを保つために、節のすぐ下に錐で小さな穴をあけて、その穴から水を注
入し、すべての節間を水で満たしておく」とあった。へえーそうなんだ。
ただしこれは正月二日の竹の話で、七夕の時期にも効くのかどうかはわか
らない。そういえば今年は子どもちゃんの短冊読みをしてなくて寂しい。
■2020年07月05日 建築学者のいけばな
お細工しながら何気なくらじるで聞いた、笹岡隆甫先生のいけばなのお話
が面白くて、本を探すと決めた。ようやく読めた。『いけばな〜知性で愛
でる日本の美』新潮新書。面白い!こういうのが読みたかった。子どもの
頃にお花を習っていた母が、子育て後は園芸にはまり、育てたり飾ったり
が楽しそうだった。へえーいいなと思って、ほんの少しの興味で私もいけ
ばな入門の本を読んでみたが、「わからん」しかわからず、すぐ挫折。こ
れを読んでまた、母にもらった小さな花器に好きに雑草を飾ろうと思った。
■2020年07月04日 『STORY OF UJI』
40年ぐらい源氏物語の現代語訳というか語り直しをいろんな人で読み続け
てきたけれど、私はどうも薫が苦手で、宇治十帖になると突然退屈になっ
て、それまでの楽しみが、急にこなすべき課題に変わったように重たく感
じながら、ぐずぐずと読み終える。林真理子『STORY OF UJI〜小説源氏物
語』小学館で初めて、好かん薫と好かん匂宮が、お互い好いてもいなけれ
ば尊敬もしていない様子をハッキリ感じ取れて留飲を下げた。源氏だって
相当に嫌な奴なのに、困ったことに私は彼が好きなのである。なんだろね。
■2020年07月03日 『タネの未来』
とってもわくわくする読書だった。小林宙『タネの未来〜僕が15歳でタネ
の会社を起業したわけ』家の光協会。多種にわたる食物アレルギーが重く
て、「食」が文字通り死活問題だった子がタネに興味を持ち、農業少年と
なり、学業のかたわら、公益のために働くようになったお話。読み物とし
て実に楽しいし、緑の親指と正反対の灰色の親指の私さえ、スーパーでは
買えない伝統野菜のタネをまいてみたら楽しそうだなーとつい誘われてし
まう。会社名は「鶴頸種苗流通プロモーション」。地味で素敵なHPもあり。
■2020年07月02日 「シンデレラ」要約
シンデレラについて、「ネズミなどに同情されて舞踏会に行けることとな
り…王子様に見初められ…現状を打破してくれる」に噴く。酒井順子『ユ
ーミンの罪』講談社現代新書。73年から91年までのアルバムをたどりなが
ら現代女性史のおさらい。私のユーミンベスト3は「雨の街を」「花紀行」
「夕涼み」で、彼女の助手席志向や恋の軍歌から外れた、景色のうたにと
どまっていたと気づく。それから荒井由実が好きで松任谷氏のアレンジを
うるさく感ずる。「あの夫が嫌」って、どれだけ彼女を好きなのだろねえ。
■2020年07月01日 週刊 DUDIKO 451
水やりのうた

 「どうしてあめがふるの?」と孫に問われて「お花がお水欲しがるから
」と答えたことを、以前ここに書いた。その後「どうしてくるまがとまっ
てるかっていうと、おはながとまりたいっていったから」など、めちゃく
ちゃな汎用を、いろんな場面で楽しんでいたらしい。
 しばらくして送られてきた動画に、自分で作詞作曲したうたを歌いなが
ら、水やりをするところがあった。母方おじいちゃまの盆栽に、じゃぶじ
ゃぶと気前よく。盆栽はたしか、水を惜しんで惜しんで、根っこの成長を
抑制することで、あのサイズに収めるのではなかったか。だいじな盆栽に、
申し訳ないことだった。でもあまりにも楽しげなあの姿に、甘くなってし
まう気持ちは、よくわかる。
 何度もディクテーションして、わかる音だけ拾った結果は以下の通り。
意味不明部分の多いこれでもまだ、拾えなかった音がある。また、お母さ
んによれば、知っているおうたとの混ぜ混ぜらしく、「誰も知らない」は
「お馬はみんなパッパカ走る…」から来ているとのこと。

はっぱはおみずが のみたいです 
ふーむ だあれもしらない 
おはながおみず のみたいです 
ハイ のみましょうね 
へえのはじん ゆおちかあに 
あめがふり みみ はっち あいあい 
こっちも へよおおおお 
こっちの はっぱ はっ 
あめがふる んー
■2020年06月30日 家ニ居リマス
極力家に居るために、パンを焼く。夫のシャツのクリーニング行きをお休
み。襟元をウタマロ石鹸で洗ってから洗濯機に放り込んで、洗剤ナシでマ
グネシウム洗濯をして、糊をスプレーしながらアイロンかけ。たたんだら
雨の日の新聞のビニール袋を裏返して入れる。電気バリカンを買ったので、
子どもに使っていた床屋さんはさみ併用で夫の髪を刈る。結構うまいよ。
自分の前髪はもとから切っていたが、前髪以外にも挑戦。こちらの仕上が
りは、端的に言ってダメ。まあ、このダメは自分持ちだから良しとする。
■2020年06月29日 オペラ座の怪人ならぬ歌舞伎座の
「誰かがあなたを責めようとして発することばは、自分がいちばん言われ
たくないことばですよ」「だから、あなたが傷つく必要はない。傷ついて
いるのは、そのお友達です」。近藤史恵『歌舞伎座の怪紳士』徳間書店。
ことばの受け手として、思い当たることがたくさんあるし、発し手として、
自分も同じことをやっている気がしてきた。それはさておき、なまの、一
回限りの、歌舞伎やお芝居の楽しさは格別だろうな。コロナが終わったら、
プロコフィエフの、生オケの、世界三大バレエ団のバレエを見に行くよ!
■2020年06月28日 アザミウマ
庭のくちなしが咲き始めた。この匂いをかがずしてどうする。折り取って
きてテーブルに飾る。1mmぐらいの黒い虫が元気にごにょごにょ動き回っ
ている。夫の発案で、逆さにしたバケツに蚊取り線香の煙を充満させてか
ら、かぶせてしばらく置く。もういいかな。アカン。元気。もう一度。ま
あまあかな。調べてみると、お名前はアザミウマだって。駆除薬もあるみ
たいだけど、食卓用にどっちが嫌かと考えて、やめとくね。黄色く熟した
梅の実を拾ってきて、お皿に入れて脇に置く。いい匂いの二重奏を楽しむ。
■2020年06月27日 自動的な罪悪感
「親というのは不思議な存在で、無条件で敬えないと、子どもは自動的に
罪悪感を持ってしまう」。26日付毎日新聞人生相談の、ジェーン・スーさ
んの回答より。ほんとうだ。そういった罪悪感に苦しむ、いい年した「子
」に時々会う。私の両親は社会的にはふつうだし、アホなこともいっぱい
やってくれたと思うけど、大局的には無条件で敬える。その幸いを思うに
つけ、自分たち夫婦の「アチャー」のあれこれを、子どもたちに対してす
まなく思う。自動的な罪悪感など持ってはダメと、声を大にして言いたい。
■2020年06月26日 思い出す美女
森谷明子『涼子点景1964』双葉社。東京オリンピックの年に高1だったあ
たまのよい美少女涼子のお話。ちょうど彼女と同じぐらいのお年と思われ
るきれいなお姉さんへのあこがれを思い出した。中学の時、乗り継ぎ駅か
ら学校までのバスの定期券を買ってもらっていたけれど、朝は混んで乗れ
ないこともあるので、「東陸橋」の上を歩いていた。今測ると1.1辧ち
ょうど陸橋の上ですれ違う。お勤めに出かけるらしい。ほっそりとして髪
が長くてハッとするような美人を、じろじろ見ないように頑張っていた。
■2020年06月25日 うちのマーシャ・ブラウン
アンデルセン作、松岡享子訳『白鳥』福音館書店は、部数限定再版になっ
たときに、すかさず買った。スミにさし色1色なのに(「だから」かもし
れないが)美しい。まつのまさこ訳『シンデレラ〜ちいさいガラスのくつ
のはなし』福音館はアメリカでペーパーバックを購入。どばしえつこ訳『
メリーゴーランドがやってきた』ブックグローブ社96年→こみやゆう訳『
ちいさなメリーゴーランド』瑞雲社15年は、図書館廃棄本を洋古書店で購
入。古びた紙の色が好き。次に買いたい『スズの兵隊』岩波。場所と相談。
■2020年06月24日 週刊 DUDIKO 450
ミリーとアンネと亡き伯父伯母

 『グラフィック版アンネの日記』あすなろ書房からの派生読書として、
小川洋子『アンネ・フランクの記憶』角川書店を読んだ。するとふいにヴ
ィルヘルム・グリム原作、モーリス・センダック絵『ミリー〜天使にであ
った女の子のお話』ほるぷ出版を、開きたくなった。
 母を亡くした少女、ミリーに宛てた手紙の一部というこのグリム童話を、
どう受け取ったらいいのか、私にはわからない。活字だけなら、「難解」
と即決して、スルーしていたことだろう。センダックの絵だから、この話
から離れられないのかな。ちょくちょく絵本整理熱に浮かされながらも、
長く所持して時折開いてきたが、時間をかけてもますますわからない。な
のに、なぜか惹かれるものがある。
 それがどういうわけだったのか、ようやくうっすらと見えてきた気がし
た。私はいつのまにか、ミリーとアンネを重ね合わせていたらしい。
 グリム童話のミリーの母は、夫をなくし、子どもも次々なくして、ひと
り残った気だてのいい娘と、幸せに暮らしていた。ところが、国じゅうに
「おそろしいいくさ」が広がる。幼い娘を「無慈悲な男たち」から逃すた
めに、母はミリーを森にやる。
 幼い娘に、人間どうしの暴力を見せるよりも、けものに食われて死ぬ方
がましという認識だったのだろうか。もしそうなら、自分も娘とともに森
に入らなかった理由が、私には今もわからないが。
 ミリーは森の中で、聖ヨセフの家にたどりつき、ミリーと同じぐらいの
年恰好に姿を変えた、やさしい天使と一緒に、楽しく3日間を過ごした。
 そののち母のもとに帰ってくると、森の外では30年が経過していた。恐
怖と苦しみに衰弱した老母と幼形のままのミリーは、一晩中嬉しく語りあ
かすが、翌朝、二人とも死んでいた。幸せな眠りについたのだった。
 訳者、神宮輝夫のあとがきに、こんな言葉がある。「この物語は、戦争
に代表される人間の悪と、母と子の愛と無垢な善を対比してえがき、永遠
の生としての死を語っています」。
 『増補新訂版 アンネの日記』文藝春秋2003年の600ページを読み終え
た。『アンネの日記』は、中学生の時に省略版(当時はそれがオリジナル
)を読んだ。完全版が出た時に、評判になっていたのは知っていたが、悲
しい結末とわかっているのに、そこに至るまでの詳しい話を再度読んでも
悲しいだけだからやめると決めて、手に取らなかった。グラフィック版を
冠するマンガで、アンネとご縁があったのを機に、図書館から借りてきた。
初読から、半世紀も経っていた。
 今読むと、アンネは文学者として天才だったと思う。アンネが母とうま
くいっていないのは、母として胸が痛い。しかし、自分の内からわきおこ
る成長力につき動かされて、親離れしようともがく年頃に、過酷な隠れ家
生活に閉じ込められたのだ。小川洋子さんもお書きになっていた通り、こ
の時期を生き抜くことさえできたら、きっとよい関係が築かれたに違いな
いと思う。
 アンネは、隠れ家に居たもう一家族の息子、ペーターに恋心を抱く。読
者としては祝福したいが、平和が訪れて隠れ家を出たら、もっと志の高い
大人物と、華麗な恋をしたに違いないと、勝手に思う(ペーターは悪い子
じゃないけれど)。それと同じ気持ちで、時間さえ与えられれば、母との
関係を温かく再構築する能力も、アンネには備わっていたに違いないと思
うのだ。
 さて、ユダヤ人連行、殺戮が横行していたこの時代に、アンネは家族と
一緒に何とか2年間を生き延びた。その間日記を書くことで、後世の我々
が平和を希求する際の助けとなる、偉大な仕事をした。彼女がなしとげた
仕事には、天使や聖人に守られたとしか言いようのない側面が、あったと
思う。ナチに捨て置かれた日記が、無事救出されたこと自体が、奇跡なの
だから。
 アンネは父親にもらった日記帳のなかに「キティ」という架空のお友だ
ちをつくり、その子に語りかける形で、隠れ家の日々を書き綴っていた。
辛抱づよく耳を傾けてくれるキティに、アンネ自身が支えられている様子
は、ミリーが森の中で、同じ年恰好となって仲良くしてくれた天使に、優
しい友のように支えられたことと、本質的に同じことのように思うのだ。
 しかしその運も尽き、密告によってナチ収容所に送られたアンネは、チ
フスで亡くなった。享年15歳。悲しい、短い生涯だった。だがアンネの魂
は、ミリーと同じように、本を通して我々の中で燦然と輝き続けているこ
とに、圧倒される。神宮先生のおっしゃる「永遠の生としての死」が、こ
こにもある。
 気がつけばアンネは私の両親より少し年上、つまり9人いた亡き伯父伯
母たちと同年代だ。もっと「昔の人」だと思い込んでいた。
■2020年06月23日 マーシャ・ブラウン
どんな絵本論を読んでも絶賛だし、基本図書だし、確かに大変優れた絵本
だと思うけれど、子どもには数回しか読んでやらなかった『三びきのやぎ
のがらがらどん』(福音館)を、今一度手に取って驚く。こんなに(25
)小さかったっけ。記憶の中では、32僂世辰拭48僂梁膩針10560円は
除外)。それぐらい絵に迫力がある。絵がうますぎて怖かったから買わな
かった。トロルも怖いけれど「ちびやぎのがらがらどん」の恐怖の表情が
目に焼きついて夢に出そう。絶賛には大賛成。彼女の他の絵本は3冊所有。
■2020年06月22日 これが仕事
仕事と言えば、思い出すのはオープンキッチン式ホテルのレストランでの
こと。10人ぐらいの会食で、他にお客はなかったので、食後もゆっくりお
しゃべりしていた。シェフはいつオーダーがあってもよいように、手は忙
しそうに動かしながら待機。既にピカピカの調理台を、きれいな布巾でさ
らに脇目もふらずといった体で磨きこみながら。客にプレッシャーをかけ
まいという配慮だったのだろう。いくら暇でも携帯をいじったりは決して
しない。申し訳なくて、コーヒーか何かを追加注文したのだったと思う。
おそともすき